グラフィックデザイナーとして活動していた1970年代半ば、アクソノメトリック図法によるアルファベット作品を発表し世界的に注目される。1979年にはスイスのデザイン誌Graphisが最初の個人特集記事を掲載し、1998年までに計5回の特集が組まれた。アイデア誌別冊「アメリカ西海岸のグラフィックデザイナー」をはじめ、「世界のトレードマークとロゴタイプ」全3巻など数多くのデザイン書を自ら企画、取材、編集、レイアウト、デザインし海外の優れた事例の紹介に努めた。また、国内外のクライアントのために多くのVI計画を作成。代表作に明治乳業(株) 、サントリー(株) 、三井銀行、多摩美術大学、王子製紙(株)、UHAGなどがある。

1980年代にはアルファベット彫刻を手がけるようになり、プロダクトデザインの分野にも進出。ニューヨーク近代美術館のグラフィック、プロダクトを制作。同館のためにデザインした8年間におよぶ立体的数字によるカレンダーは、代表作のひとつとなった。80年代末からは日本各地の地場産業を応援。それらの技術を駆使して開発した一連のプロダクト(YMD)が、欧米のミュージアムショップやデザインストアで販売された。1980年には国際グラフィック連盟(AGI)に推挙され会員となる。83年から89年まで同会の理事(IEC)を二期6年間務めた。

後進の育成にも積極的に関わり、千葉大学、カリフォルニア大学(UCLA)で教職を、多摩美術大学美術学部二部(現、造形表現学部)の創設に参加。我が国初となるコンピューターによるデザイン教育の基礎づくりに参画し、初代デザイン科学科長を務めた。1988年、アスペンデザイン会議へHallmark Fellowとして招かれ、最終日最後のプログラムとして大テント会場で講演し、満員の聴衆の喝采を浴びた。

1994年、25年間にわたるデザイナーの活動を中止し、ロサンゼルスへ本拠を移して彫刻家へ転身。大理石を彫り、やがて木と土(テラコッタ)に出会い、2004年6月に帰国。近年は日本各地の公共空間に多くの彫刻やレリーフを制作。最近は、従来とは異なる視線でデザイン活動も再開している。

代表作はニューヨーク近代美術館をはじめ、世界30カ所以上の公立美術館に永久保存され、個人作品集は現在までに、日本、中国、韓国、ドイツ、スイスで出版されている。グラフィックとプロダクトのデザイン活動に対して、外務大臣表彰、勝見勝賞、毎日デザイン賞、IFデザイン賞、グッドデザイン賞などを受賞している。

現在、多摩美術大学名誉教授。